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日本食は本当に長寿食か?

その1

 世界各地で日本食は、ヘルシーなイメージが強く、健康的な食事として非常に好感触を持たれています。実際、日本人の平均寿命は伸び続け、世界有数の長寿国として知られています。また、日本人は寿命が長いだけでなく、自立して生活できる期間を示す健康寿命も長いことが認められています。日本人が健康長寿である理由は、欧米人と異なる特徴的な食生活に起因すると考えられています。日本人の食事「日本食」は、米を主食とし、魚介類、野菜、大豆などの食素材、味噌や醤油といった調味料が伝統的に使われ、近年では、肉類、牛乳、油脂、果実も加わり、多様な食素材を使用し、健康維持に有効な成分を数多く含んでいると考えられています。加えて、日本食には食物繊維が多いという特徴もあります。これは、農耕民族である日本人が農産物や海産物を多く食べていた事に由来します。食物繊維は栄養分はないのですが、便通を良くし、体内の老廃物を排出しやすくする作用があります。
 また、喜ばしいことに2013年12月には、「和食」がユネスコの無形文化遺産にも登録されました。この「和食」の特徴は4つにまとめられ、1)「多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重」、2)「健康的な食生活を支える栄養バランス」、3)「自然の美しさや季節の移ろいの表現」および4)「正月などの年中行事との密接な関わり」です。
 このように健康に良いとされ、世界が認める日本食ではありますが、本当に長寿食と言えるのでしょうか?これまでにも、日本食の特徴的な食品に含まれる個々の化学成分が与える影響を検討した試験は数多くありますが、今回は、食事のメニューまるごとを総合して、健康、長寿との関わりをシリーズで考えてみたいと思います。
  まず、疫学調査で、大変興味深い結果が得られています。たとえば、日本人は欧米人に比べて心疾患の罹患率は低いのですが、ハワイ移民を調査した研究によりますと、ハワイで育った日系アメリカ人は日本在住の日本人に比べBMI値、血清LDL-コレステロール濃度、血清トリグリセリド濃度が上昇し、心疾患の発症リスクが上昇していることが報告されています。これは、日本在住の日本人が日本の食生活を維持しているのに対し、日系アメリカ人の食生活が欧米人と同じであるためと示唆されています。がんの罹患率を調べた他の研究でも同様に、日本から米国へ移住した日本人において、食生活が欧米人と同じになったことで、がんの罹患率が日本在住の日本人より増加したことが示されています。さらに、ブラジルの日系人は、肉の摂取量が増加したことで心筋梗塞の発症率が増えたと報告されています。このように、日本人移民が欧米人と同じ食事を摂取すると、生活習慣病が増加し、寿命が短縮することが報告されています。このように、日本人の食事は長寿を導く健康食であると考えられています。

 引用・参考文献
 1)小沢正昭(1998)食と健康の科学, 研成社, 東京.
 2)本間ら(2014)日本食の健康有益性について, 冷凍, 89, 449-455.

その2

 前回の氷温基礎講座でも触れましたが、日本食中の特徴的な食品に含まれる個々の成分が生体に与える影響を検討した試験は、これまでにも数多くありましたが、食事のメニューまるごとを総合して検討した研究はありませんでした。日本食の健康有益性は、健康維持に有効な食素材を数多く摂取していることによるものと考えられます。そこで、今回は、現在の日本食と米国食を再現し、ラットに一定期間これらの食事を与えた後、肝臓遺伝子発現のパターンを比較検討し、食事内容の違いによる生体への影響の差異を調べた研究を紹介いたします。
 まず、日本人と米国人の食事摂取調査に基づき、試験飼料を作成するのですが、日本食は「現代(1999年)の日本人が一人一日あたりに摂取する食品、栄養素などを満たす食事」として定義し、1999年の国民栄養調査を基に作成します。同様に米国食は「現代(1996年)のアメリカ人が一人一日あたりに摂取する食品、栄養素などを満たす食事」として定義し、Continuing Survey of Food Intakes by Individuals(CSFII)1996を基に作成します。
 そして、管理栄養士の指導の下に日本人と米国人の1週間分(3食×7日=21食)の献立をそれぞれ作成します。次に、これらの食事を調理し、凍結乾燥し、粉砕して、日本食と米国食をそれぞれ攪拌して均一化し、ラットに与えるための試験飼料とします。これらの飼料をラットに3週間与えた後、日本食と米国食の脂質代謝に与える影響を調べるため、血漿と肝臓の脂質組成を測定します。その結果、肝臓と血漿の脂質と酸化ストレスの指標である過酸化脂質量(リン脂質ヒドロペルオキシド量)は、米国食を摂取したラットに比べ日本食を摂取したラットで低下傾向が観察されました。特に、日本食を摂取したラットの肝臓の総コレステロール量は、米国食を摂取したラットの約70%であり、有意に低値を示しました。次に、日本食または米国食を摂取したラットにおける肝臓の遺伝子発現をDNAマイクロアレイにより解析したところ、日本食を摂取したラットは米国食を摂取したラットと比較してストレス応答に関与する遺伝子発現量が低値を示し、糖質代謝や脂質代謝に関する遺伝子発現量が高値を示しました。よって、日本食はストレス性が低く、エネルギー消費を促進し、健康維持に有益であることが示唆されました。以上より、日本食と米国食の比較により、日本食が健康上有益であることを遺伝子レベルで明らかにされたことになります。
 ただし、日本食は米国食と比べて健康維持に有益であることは理解できるのですが、日本食は欧米の影響を受け「食の欧米化」が進行し、また、生活習慣病の罹患率も増加しています。そのため、現代の日本食がもっとも健康維持に有益かは疑わしいものです。よって、どの時代の日本食が健康維持に有効かについて、次回、考えてみましょう。

引用・参考文献
 1)本間ら(2014)日本食の健康有益性について, 冷凍, 89, 449-455.
 2)小沢正昭(1998)食と健康の科学, 研成社, 東京.

その3

 さて、日本食が健康上有益であることは理解できるのですが、どの時代の日本食が健康維持に有益かを調べた研究がありますので紹介します。
 まず、管理栄養士の指導の下、国民健康・栄養調査に基づいて2005年、1990年、1975年、1960年の食事献立(1週間分)を作成し、再現します。それらを凍結乾燥・粉砕したものを試験飼料とし、正常マウスに4週間自由摂食させ、各種分析を行いました。
 その結果、1975年の日本食を与えたマウスで内臓脂肪重量がもっとも少なく、加えて脂肪細胞のサイズが小さいことが明らかとなりました。このメカニズムを検討するため、脂質代謝において中心的な役割を担う肝臓の遺伝子発現パターンについて、DNAマイクロアレイ解析を行いました。結果から1975年の日本食を与えたマウスでは、糖・脂質代謝系遺伝子の発現量が増加していることがわかりました。従いまして、1975年の日本食摂取により、エネルギー消費が活発化していることが示唆されます。これらのことより、時代とともに変化してきた日本食において、1975年頃の日本食が内臓脂肪を蓄積しにくく、肥満になりにくいことが明らかとなりました。
 ちなみに1960年の日本食とは、例えば、朝食:「シラスと青のりのまぜご飯・里芋と小松菜のみそ汁・煮豆・佃煮」、昼食:「月見うどん・果物」、夕食:「ご飯・サバの塩焼き・ヒジキの煮物・キャベツとモヤシのみそ汁」となっており、1975年の日本食とは、  例えば、朝食:「ご飯・サケの塩焼き・納豆・白菜とモヤシの味噌汁」、昼食:「チャーハン・ワカメスープ」、夕食「ご飯・クリームシチュー・白菜と干しエビのお浸し・キュウリとヒジキの和え物」といったメニューとなっています。また、1990年の日本食の一例は、朝食:「ご飯・卵焼き・ヒジキの煮物・サツマイモとシメジのみそ汁」、昼食:「ラーメン」、夕食:「パン・シーフードグラタン・海藻サラダ」となっており、最後に2005年の日本食は、例えば、朝食:「トースト・オムレツ・アスパラのベーコン巻き・果物・牛乳」、昼食:「ミートスパゲッティ・カボチャサラダ」、夕食:「ご飯・豚のショウガ焼き・小松菜のピーナッツ和え・納豆・豆腐とワカメのみそ汁」となっています。ここで示しましたのは1週間分のメニューの内の1日分なので、大きな違いがないようにも見えるのですが、1975年の日本食は他の年代の日本食と比較して砂糖および甘味料、豆類、果実類、海藻類、魚介類、卵類、調味料および香辛料類の使用が多く、使用している食材の種類がとても豊富でした。
 当たり前のことではありますが、食事というものは、ちょっとちょっとの差が、1週間、1ヵ月、1年、10年..と続きますと大きな違いになってくるものです。

引用・参考文献
 1)本間ら(2014)日本食の健康有益性について, 冷凍, 89, 449-455.
 2)小沢正昭(1998)食と健康の科学, 研成社, 東京.

その4

 これまでのシリーズで、日本食が健康上有益であること、そして、それは使用している食材がとても豊富であることがわかりました。加えて、その食材に含まれる成分に健康有益性があるのかを確認した研究があります。それは、日本食の特徴的な食素材である魚油について、健康有益性と寿命について検討されたものです。日本食は欧米食と比べて特に魚介類が多く使用されています。一般論として、魚介類に含まれる魚油は、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を多く含み、心血管疾患や炎症性疾患、がん、メタボリックシンドロームを予防するなど、様々な有益な生理作用が報告されています。EPAやDHAは健康維持に有効であると考えられていますが、意外にも老化や寿命にどのように影響するかは明らかにされていません。
 そこで、マウスを用い、コントロール群(10%サフラワー油飼料摂取、ビタミンE含量は20mg/100mL)および魚油群(5%魚油+5%サフラワー油飼料摂取、ビタミンE含量は20mg/100mL)に分けて、寿命への影響を調べるために死亡するまで飼育しました。 その結果、驚くべきことにマウスの平均寿命はコントロール群に比べ魚油群で有意に短縮することが明らかとなりました。各種分析により、魚油の大量摂取により、生体内の酸化ストレスが亢進し、老化が促進され、寿命が短縮されたものと思われました。
 この結果をふまえ、酸化ストレスを低減させるため魚油の割合を減少させ、また抗酸化剤のビタミンE量を増加させて同様の研究を行いました。試験群は低魚油群(2%魚油+8%サフラワー油飼料摂取、ビタミンE含量は20mg/100mL)と低魚油高ビタミンE群(2%魚油+8%サフラワー油飼料摂取、ビタミンE含量は100mg/100mL)としました。その結果、興味深い深い結果が得られました。先述の魚油群で見られた寿命の短縮は低魚油群では観察されず、さらに低魚油高ビタミンE群では平均寿命の延長が確認されました。
 日本食の摂取は健康維持に役立ち、特に伝統的な1975年頃の食事に高い健康有益性と老化性疾患の予防が期待できます。1975年の日本食は他の年代の日本食と比較して豆類、果実類、海藻類、魚介類、卵類、調味料および香辛料の使用量が多く、使用している食材がとても豊富でした。また、健康有益性を示すと考えられている魚油の試験結果が示しているように、多量摂取は逆効果であることがわかります。従いまして、単一の食品成分に過度な期待を抱き、特定の食品のみを大量に摂取したり、むやみにサプリメントを摂取するのではなく、様々な種類の食材を摂取することが健康維持に有益であると考えられました。これらの点を考慮に入れて食習慣を見直せば、日本食の健康有益性を効率良く実生活に取り入れることができるものと思われます。

引用・参考文献
 1)本間ら(2014)日本食の健康有益性について, 冷凍, 89, 449-455.
 2)小沢正昭(1998)食と健康の科学, 研成社, 東京.






 
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