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理想的な抗酸化食品~氷温食品の新たな可能性

その1

 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)九州沖縄農業研究センターと(株)氷温研究所が共同で取り組んでいた”周年放牧肥育牛肉の特徴ならびに熟成による肉質の変化”に関する研究成果が、農研機構と氷温研究所の連名で日本暖地畜産学会報に掲載されました。これは、と畜後の牛肉を氷温の温度域で長期間熟成することにより、鮮度を維持しながらの遊離アミノ酸含量の増加および破断強度の低下などが確認されたものであり、氷温技術を導入することにより、鮮度が高いのみならず、うま味など美味しさが増し、やわらかい牛肉の提供が可能であることが実証された科学論文でもあります。
 さらに、この論文では、大変興味深いことに、氷温熟成した牛肉においては、冷蔵熟成したものより、カルノシンが多く含まれていることが明らかとなりました。では、このカルノシンとはいったいどういう物質なのでしょう?
 動物の筋肉組織には、運動を支える物質がいくつか存在しますが、そのひとつが動物の体内のアミノ酸で作られるイミダゾール・ジペプチドであり、上述のカルノシンやアンセリンなどが知られています。牛肉、豚肉、鶏肉などの筋肉組織にはカルノシン、アンセリンが、またマグロ、シャケなどの魚肉組織には同じくアンセリンが高含量で存在しており、数多くの研究により老化防止効果や疲労軽減効果が確認されています。つまり、このイミダゾール・ジペプチドには激しい運動で発生する体内の活性酸素を消去する強力な抗酸化作用があります。加えて、カルノシンやアンセリンは長寿に関わる物質としても広く知られていますので、今後、健康的な食生活を考える上で、氷温熟成食品の果たす役割がより一層大きくなってくるものと思われます。前置きが長くなりましたが、今後、氷温食品の新たなセールスポイントともなる重要なテーマですので、氷温基礎講座では、3回にわたって解説いたします。
 このイミダゾール・ジペプチドに関する研究を少し振り返ってみましょう。
 カルノシンが牛肉エキスの中から発見されたのは1900年のことでした。アンセリンはカルノシンに遅れてガチョウの筋肉の中から発見されました。これらの物質は、動物の体液成分のアミノ酸類で最も多く含まれており、高度な知的活動をしている人間なら脳、渡り鳥や大型回遊魚の場合は筋肉、といったエネルギー消費量が大きく、いわば驚異的な運動をする組織の活動を支えている栄養成分のように考えられていました。その後、これらの物資の生理機能に科学者の興味が向けられ、本格的な研究が始まったのは1990年代からですから、まだ新しい研究領域であると言えます。
 
引用・参考文献
 1)西谷真人ら(2009)「新規抗疲労成分:イミダゾール・ジペプチド」, 日本補完代替医療学会誌, 6(3), 123-129.
 2)中村好徳ら(2015)「周年放牧肥育牛肉の特徴ならびに熟成による肉質の変化」, 日本暖地畜産学会報58(2), 209-215.

その2

 さて、カルノシンとアンセリンについてもう少し詳しくみていきましょう。カルノシンという名前は、動物の肉を意味するCarnoから、アンセリンはガチョウの意味のAnserineからそれぞれ命名されました。また、このカルノシンとアンセリンは、タンパク質が分解して生成するペプチドではありません。動物の体にはカルノシンを合成する酵素が存在していて、2つのアミノ酸 βーアラニンとヒスチジンからジペプチドが生合成されます。そしてアンセリンは体の中でカルノシンにさらにメチル基が付加されたものです。そもそもヒスチジンを構成している環状構造をイミダゾールと呼びますので、カルノシン、アンセリンなどはイミダゾール・ジペプチドとして扱われることが多くなっています。
 さて、話しを戻しまして、カルノシンの発見当時は生命を維持する栄養成分ではないかと考えられていましたが、哺乳動物の筋肉組織中のカルノシン濃度が最も高い人間が最も長命の80年以上であり、濃度が最も低いマウスは僅か2年の寿命しかないことや、鳥類や魚類にはアンセリンが多く含まれ、これらの物質が動物の生命活動に密接に関わっていることなどが多くの研究により明らかとなり、再び脚光を浴びるようになったのです。
 少し難しくなりますが、このカルノシンとアンセリンが生命活動に密接に関わっていることを示す興味深い研究があります。動物の生命活動にとって脳はとても重要な組織ですが、その脳を構成する神経細胞をカルノシンとアンセリンは保護する作用を持っていることも近年、多くの研究で確認されてきています。アルツハイマー症のような加齢に伴う神経細胞の死滅を防止したり、脳の機能の低下に関わる物質の速やかなる分解や排泄する機能も有するといった知見も得られてきています。このような生理機能は、健康な状態で長寿を実現するために極めて重要なものだと言えるでしょう。
 また、カルノシンとアンセリンは動物以外の植物や細菌類では作られません。従って動物自身は体内で生産するか、あるいは動物性食品の摂取に頼らざるを得ません。これらの物質が動物の寿命を決定づけ、あるいは運動能力の維持にとって重要な機能を持つとすれば、加齢に伴うカルノシンやアンセリンの生産能力が大きな意味を持ってきます。
 ヒトの神経筋疾患患者の年齢別筋肉中カルノシン濃度を調べてみますと、年齢とともに低下する傾向が観察されます。加齢とともに筋肉組織中のカルノシン濃度が減少するということは、逆に高年齢になればなるほど動物性食品によるカルノシンやアンセリンの補給が重要な意味を持つものと考えられます。
 
引用・参考文献
1)西谷真人ら(2009)「新規抗疲労成分:イミダゾール・ジペプチド」, 日本補完代替医療学会誌, 6(3), 123-129..
2)中村好徳ら(2015)「周年放牧肥育牛肉の特徴ならびに熟成による肉質の変化」, 日本暖地畜産学会報58(2), 209-215.

その3

 その2でも触れましたが、一般的に、加齢とともに筋肉組織中のカルノシン濃度が減少しますので、40歳あるいは50歳以上では動物性食品などからカルノシンやアンセリンを積極的に摂取することが老化や各種疾病を抑制する上でとても重要となります。
 私たちの体の中の細胞は様々な原因で細胞死を繰り返しています。細胞は自己再生能力を持っていますので、若いうちは老化現象は気になりません。しかし、細胞の再生能力には限界があるため、年齢を重ねるにつれて細胞死を補う細胞再生ができなくなってきます。これが老化現象です。細胞死を引き起こす有害な物質はいくつか明らかになっていますが、その中には残念ながら私たちの体の中で作られてしまうものもあります。その代表的なものが活性酸素と呼ばれるものです。この活性酸素は、私たちが呼吸をするときに取り込む空気中の酸素ガスから作られてしまうものです。この活性酸素は、細胞の中の遺伝子DNAを傷つけ、細胞の異常や細胞死を引き起こして老化を促進します。細胞の中で作られる活性酸素には過酸化水素、塩素系ラジカル、水酸化ラジカルおよび窒素系ラジカルなどが知られています。
 そこで、これまで述べてきましたカルノシン、アンセリンといったイミダゾール・ジペプチドがこれら全ての活性酸素の活動を抑制できるのでしょうか?答えは、いいえです。活性酸素による細胞死を少しでも防止して老化をコントロールする目的で食事を考える場合には、動物性食品だけではなく様々な食品を食べ、その食品の中に含まれる抗酸化物質を体内に取り込まなければなりません。上述の過酸化水素および塩素系ラジカ
ルの抑制にはイミダゾール・ジペプチドを肉、魚などから、窒素系ラジカルの抑制にはビタミンCを野菜、果実などから、そして水酸化ラジカルの抑制にはフェルラ酸、ビタミンE,アスタキサンチン、クロロゲン酸、クルクミン、ユビキノンなどを穀類、豆類、種子類、胚芽、ニンジン、コーヒー、ウコンなどから摂取しなければなりません。
 さらに、最近の研究により、身体の中の活性酸素の発生を抑制すれば、疲労しにくくなるということも明らかになってきました。このように健康的な生活および健康的な長寿を考えた場合の食とは、先人の知恵でもありますが、動物性食品の魚・肉類、緑黄色野菜、穀物類および果実をまんべんなく、そしてバランス良く摂ることがとても重要であることがわかります。氷温技術はこれら食品に含まれている、健康維持増進や健康的な長寿に関わりのある栄養成分や機能性成分を高く維持したり、あるいは増加させることも可能な技術であるといえます。
 
引用・参考文献
1)西谷真人ら(2009)「新規抗疲労成分:イミダゾール・ジペプチド」, 日本補完代替医療学会誌, 6(3), 123-129.
2)中村好徳ら(2015)「周年放牧肥育牛肉の特徴ならびに熟成による肉質の変化」, 日本暖地畜産学会報58(2), 209-215.






 
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