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医学分野における氷温技術の可能性

 現在、移植医学領域では一般に+4℃近辺の低温度帯が臓器移植に適していると考えられており、臨床ならびに研究面においてもこの温度帯が用いられています。その根拠は、0℃以下になれば、細胞中の水成分が凍結し、細胞構造の破壊を惹起するという考えにもとづいているように思います。しかし、食品と同様に、氷結点以下になれば必ずしも細胞が凍結するというものではなく、例えばラットの心臓では-0.6℃、人の血漿では-0.8℃以下にならなければ、凍結による傷害は発生しません。
 そこで、氷温技術を用いた臓器、組織等に関する医学領域における研究におきましては、1990年に水野ら(東京慈恵会医科大学)が報告したラット心臓の氷温保存が最初の研究といえます。彼らは、摘出したラットの心臓を4℃と0℃の温度条件で4時間保存し、その後の心機能回復率を検討しています。医学的表現で少し解りづらいかもしれませんが、心機能評価を心拍出量、心筋内ATP濃度、心筋内creatine phosphate濃度、energy charge等で評価し、0℃保持群で有意に高値を示したことから、保存後の良好な機能回復を証明しています。それ以降、昭和大学歯学部での犬歯歯根膜細胞の氷温保存、関西医科大学及び氷温研究所でのラット肝臓の氷温保存、奈良県立医科大学及び奈良国保中央病院での切断指・肢の氷温保存(臨床)、鳥取大学医学部での血液、ラット角膜及びラット肝細胞の氷温保存など、数多くの研究が進められています。
 さらに、氷温よりも低温領域(過冷却状態)における臓器保存もこれまで多くの研究がなされています。過冷却状態では微細な刺激が加わりますと、瞬間的に凍結してしまう危険性があるため、Me2SOなどの凍結保護剤を用いることが多いです。また、前回の「南極海の魚が凍らないしくみ」で解説いたしました不凍糖タンパク質とグリセロールを用いた凍結保存の実験も行われています。ルビンスキー博士は、ラットの肝臓組織に不凍糖タンパク質とグリセロールを浸透させた後、-3℃で6時間の凍結保存を行っています。解凍後の再灌流モデルの実験で胆汁の生成を認め、組織学的にも傷害は少なかったようです。しかし、これらの結果から問題になってくるのは、凍結保護剤による薬剤毒性であり、副作用の少ない薬剤の開発に期待がかかっています。
 そこで、新潟大学大学院の研究グループでは、温度制御能の高いペルチェ式電子氷温庫を用いることにより、凍結保護剤などの薬剤を用いることなく、末梢血管細胞を超氷温保存し、好結果が得られています。さらなる研究により、氷温から超氷温領域を基軸とした新しい保存方法が確立されるものと思われます。
 これまで主に農学あるいは水産学を中心に進展してきた氷温ですが、1997年に氷温学会が発足されて以降、農学を含む理学、医学、歯学等さまざまな領域からの研究が進められており、今後、臓器保存など臨床レベルで氷温技術が明確に位置づけられるものと期待されます。






 
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